本質を言わず曖昧にして法案を通すやり方は、破たんしなければならない。

先日の4月17日(金)に小沢一郎政経フォーラムがあり、東京のホテルニューオオタニに行ってきた。この時は、小沢氏自身が講演した。その時の話は、自民党の安倍政権が改正しようとしている自民党の憲法草案についてであった。

自民党の憲法草案は、個々の字面だけをみたら、それほどおかしなことは書いていない。しかし、その文言の底流(裏?)に流れているものは、今の憲法の精神とは違うと言っている。自民党の憲法草案では、国が国民にこうあるべきと求めている。例えば、国民は秩序を守らなければならないと書かれている。その言葉だけを見ると尤もなことであるが、憲法とはそもそも、国の権力に対して、国民の基本的人権を守ることを最も基本とすべきなのに、そういうところは曖昧に書かれていると述べた。

上記と関連して、4月21日の記者会見で小沢氏は、連休明けに提出される安保法制に対して以下のように、国連が承認しない自衛権以外の武力行使は「リンチ」であると言い切っている。つまり、米国が主導する武力行使は、日米安保があっても「参加」すべきではないと述べている。


安倍氏は、言葉を上手く使い分けて、決して本当のことは言わない。戦後70年談話も、決して謝罪の言葉は入れないだろう。その言いぐさは、それを直接書かなくとも、気持ちは他の言葉で言っているから言わなくてもわかるはずだと言うだろう。すべてがこの調子である。

カモフラージュして、決してその本音を見せないで物事を進めている。その根底には、多少誤魔化しても数で押し切れば、何でも通ってしまうことを知っているのだ。ただ、最近は、上記のようなことを知ってているよりは、本当に信じて、マジに言っているようにも見える。これでは、●●につける薬はない。

こんな政治はいずれ破たんする。その時は近い。そうあらねばならない。


「国連未承認の反撃行動はリンチであり、日本は参加してはならない」、小沢代表

小沢一郎代表記者会見(2015年4月21日)

http://www.seikatsu1.jp/activity/press/20150421-2.html

【 質疑要旨 】

4月21日午後、国会内で小沢一郎代表が定例記者会見を行いました。会見概要は以下の通りです。

安全保障法制について
Q.
国連憲章51条に「安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない」とあります。その51条は、憲法学者によっては見解が異なります。学者を呼んで国会の中で議論するなら良いと思いますが、学者の定説が確立していない文言を安倍首相が軽々に答弁で使うことについてどう考えますか。

小沢一郎 代表
A.
 自衛権について個別的自衛権、集団的自衛権というような分け方をして考えるというのは、仰るように、必ずしも普遍的な解釈になってはいないのだろうと思います。国連憲章の場合は、世界の国々が集まり、その中には安全保障上の同盟を結んでいる国々もあるわけです。そういうようなことも配慮しながら、どの国も自衛権を持っているし、それを行使できるという言い方を多分したのだろうと思っております。
 ただ日本国憲法において、この問題を考えるときは、個別的自衛権とか集団的自衛権とか、いや機雷排除とか、いや後方支援だとか、いやどうだとかこうだという個別の議論に入ってしまうと、これは良いとか悪いとか何だとかかんだとかいうありもしない事態まで想定しながら、おかしな言葉の遊びみたいになっています。
 日本国憲法下における安全保障は、日本国に直接係わり合いのない地域、国、あるいは国々の紛争に関して日本が国権の発動たる武力の行使はしてはならない。そういうことで憲法9条をはっきりと理解すれば、ほとんどのケースは明瞭に明快に判断できるだろうと思っております。
 そして平和主義、国際協調主義という憲法の理念からすれば、他の国の紛争は見て見ぬふりするのか。知らないということで良いのかということがあります。国連という国際機構の中での平和の維持、秩序の維持、警察的な役割を期待して、少なくても作られている組織があるわけです。これに日本は参加して、あらゆる手段を以って協力すると、日本は声明をし、申請し、それで(国連に)加盟を認められております。
 したがって、国連の活動を通じて、日本と直接関係のない国際紛争については、国連の要請と指示に従って日本はあらゆる手段を以って協力する。それは、日本の固有の自衛権の発動とは異質の行為、すなわち個々の正当防衛というのではなくして、警察的な平和維持、治安維持の役割を国連が担い、それに参加する。このように解釈すべきだと思います。それが一番分かり易い。このケースはどうだとか、あのケースはどうだとか何て言ったって意味がない。
 国連の承認のない行動はリンチでしかない。それが一国であろうが多数国であろうが同じだと考えます。最近の例で言えば、最初の湾岸戦争、アフガン戦争、イラク戦争というようなことがありました。湾岸戦争は、行為としては戦争ですけれども国連の安全保障理事会のお墨付きをもらった集団活動でありましたので、準国連の国連軍あるいは国連の活動として日本はこれに参加すべきだという持論を私は展開をいたしました。 
 しかし、アフガン戦争、次のイラク戦争、これはまさに個別の国の勝手な制裁行動、反撃行動ですから、一般の社会で言えばリンチです。いかに相手が殺人者であったということが明白であっても、警察官でない者がそれを死刑にするということは、法秩序の中では許されません。それはまさにリンチでしかない。
 日本はそのリンチ行為に参加することはない。常備の警察官がいないがゆえに、その時どきに応じて国連は警察官を募集するわけです。それに日本は参加し、その活動によって世界の平和を維持するために貢献する。そのように憲法9条をしっかりと解釈し、その認識の下ですべてを判断していくということが、日本国憲法下における我が国の取るべき間違いのない道だと私は考えております。




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