安倍首相はもう独裁者。法律も閣議で変更。閣議が国権最高機関。


今日の報道1930では、山尾志桜里(立憲民主党/元地検検事)
大澤孝征(元地検検事)、鎌田 靖(元NHK解説副委員長)が出席し、黒川検事長の定年延長について論じた。コメンテイター堤氏が加わり議論は伯仲した。
普通は、ここに自民の代弁者を加えるのがいつもパターンであるが、自民議員は誰も出ていない。これは番組側が出さなかったのではなく、自分が弁護役になるのを嫌で誰も出なかったと思っている。

番組では、参加者是全員が口を極めて、今回の「解釈変更」を批判し、安倍の暴挙の極みと非難した。法を遵守すべき法務省が法を破った非難した。

東京新聞も、この件で1歩、2歩も踏み込み政権を非難した。「暴挙」という言葉まで述べた。本文もその暴挙に怒りが込められている。内閣の閣議が、「延長が出来ない」という法律を「延長出来る」という解釈で180度変えてしまう。そのうちに、「殺してはならない」という法律が、「殺してよい」という解釈されかねない。つまり「閣議」が「国権の最高機関」となったのだ。安倍政権に不利なことをいう人は逮捕されるかもしれない。安倍内閣の閣議は何でも「解釈」で自由に決められることになるのだ。


検察官定年延長 三権分立を損なう暴挙
https://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2020022702000167.html
2020年2月27日

 国会での審議を経て成立した法律の解釈を、政府が勝手に変えていいはずがない。黒川弘務東京高検検事長の定年延長を巡る法解釈の変更は、国会の立法権を脅かし、三権分立を損なう暴挙だ。
 安倍内閣はなぜ、こんな重要なことを、国民の代表で構成する国会での審議も経ず、勝手に決めてしまうのか。
 検察庁法は、検事総長以外の検察官の定年を六十三歳と定めている。一九八一年、国家公務員に定年制を導入する法案を巡る国会審議でも、人事院は「検察官は既に定年が定められており、今回の(法案に盛り込まれた)定年制は適用されない」と答弁していた。それが立法趣旨である。
 国会の決定に従えば、黒川氏の定年は六十三歳で、延長は認められないはずだが、安倍内閣は国家公務員法の規定を適用して黒川氏の定年延長を決めてしまった。
 定年延長は、安倍政権に近いとされる黒川氏を検事総長に就けるためとされてはいるが、ここでは三権分立に関わる国会との関係を巡る問題点を指摘したい。
 まず、政府が法解釈を勝手に変えてしまうことの是非である。
 憲法は「法律案は…両議院で可決したとき法律となる」と定め、内閣に「法律を誠実に執行」することを求めている。
 国会で可決した法律の解釈を、政府が勝手に変えることは、憲法違反の行為にほかならない。
 それが許されるなら、国会は不要となり、三権分立は崩壊する。国会軽視、いや、国会無視ともいうべき深刻な事態だ。
 違憲としてきた「集団的自衛権の行使」を、安倍内閣の判断で容認した憲法解釈の変更は許されるべきではないが、あの時ですら、有識者会議や国会審議、閣議決定など一定の手順は踏んでいた。
 今回の定年延長には手順を尽くそうとの姿勢すらない。安保法以下だ。決裁すら口頭だという。国会でいくら審議しても、政府の口先で法の趣旨が変わる。これが法治国家か。どこかの国を「人治」と批判できるのか。
 人事院は八一年の政府見解について、当初「現在まで同じ解釈を続けている」と答弁したが、今回の定年延長との整合性を問われると「つい、言い間違えた」と答弁を変えた。国会も軽く見られたものだ。
 政権中枢の独善的振る舞いを糊塗(こと)するため、官僚たちが辻褄(つじつま)を合わせる。安倍政権ではたびたび目にする光景だが、国民への背信行為は即刻、やめるべきである。

東京新聞に続いて、朝日新聞も政権に対して批判基調を鮮明化!いいことだ。



最近、東京新聞に続いて、朝日新聞も明らかに安倍政権の批判を鮮明に打ち出しだした。
東京新聞は、官邸記者会見で望月記者の鋭い質問は知られている。菅官房長官が天敵のように接するのは、単に望月記者のスタンドプレーではない。その裏にはそのような質問を支持している東京新聞の支えがあるからだ。
 かつて政権に対して批判をする朝日新聞として有名であったが、近年はどちらでもない普通のマスコミと思っていた。しかし、東京新聞に続き、政府に対して悪いことは悪いとはっきりと態度を固めたようだ。

今日の社説にも以下のようにマスコミとしての矜持を示した。黒川検事長の定年延長の問題である。はっきりと「繰り返される政権の病」と題している。

(朝日新聞社説)検察官の定年 繰り返される政権の病
https://digital.asahi.com/articles/DA3S14380980.html?iref=pc_rensai_long_16_article

『検察官の定年延長は認められないという従来の政府見解を、急きょ変更したことについて、一般社会ではおよそ通用しない答弁がまたも繰り返された。』
『法務省にも行政文書管理規則がある。そこには、「文書主義の原則」という表題のもと、職員は、現在および将来の国民に説明する責務を果たすため、意思決定に至る過程や事務の実績を合理的に跡づけ、検証できるよう、軽微なものを除いて文書を作成しなければならない、と明記されている。
 法律が定める検察官の定年年齢を解釈で変えてしまうことが「軽微」な事案にあたると、法相は考えているのだろうか。検事の身分をもつ法務事務次官や官房長も同じ認識なのか。』

『法務省と協議のうえ解釈を変更したことを示すものとして提出した文書に、なぜ日付が書かれていないのか。人事院の局長は、法務省に直接手渡したので記載しなかったと説明した。
 当事者同士がわかっていればよいのではなく、後世の検証に堪えるように行政文書を作成するのではないのか。野党議員の指摘にも、納得できる答えはついに聞かれなかった。
 こうしたやり取りを目の前で聞きながら、安倍首相は他人事のような態度に終始し、「(定年延長は)何ら問題はないと考える」と締めくくった。
 森友・加計問題を受けて文書管理のあり方を見直した際、首相は「公文書は国民と行政をつなぐ最も基礎となるインフラ」「公務員の文化として根づかせるようにする」と語った。官僚が用意した文章を読み上げただけの口先の誓いだったことが、今回の無法な振る舞いによって確認されたといえよう。
 検察に求められる公正・中立とは何か。国民の信頼に支えられるために、何をし、何をしてはいけないのか。法の支配とは――。突きつけられた課題は重い。この先も政権の姿勢を追及し続けなければならない。』

と結んでいる。今やマスコミの批判が国を守る大きな力だ。

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