安倍が閣議で「こうだ」と言えば、「こうだ」となる独裁国家。


安倍という男は、従来守ってきた解釈を簡単に変えてしまう。黒川検事長の定年延期はその例である。その変えた解釈が正しければ文句は言わない。日本を危うくするのは今までの正当なものを間違った方向に変えてしまうからだ。その変えた理由が全て安倍の保身のためである。自分の保身や自分が話した嘘を隠すために変える。閣議はまるで解釈変換会議である。

東京新聞が安倍政治の批判の手を緩めない。政府の見解は従来の正しいものを変えるものだと述べた。
二〇〇七年六月、当時総務相だった菅氏を含む全閣僚で構成する「犯罪対策閣僚会議」が、幹事会の申し合わせとして企業の被害防止の指針をまとめた際、反社会的勢力は「暴力、威力と詐欺的手法を駆使して経済的利益を追求する集団または個人」のことだとしていた。

しかし、桜を見る会で菅長官が反社の人物と写った写真について追及された。その時反社の定義が変更された。『形態が多様で、時々の社会情勢に応じて変化し得るもので、あらかじめ限定的にかつ統一的に定義することは困難である』と閣議決定した。
この変更解釈を読むと、反社の人は、その時代時代で変化するもので、統一的定義出来ないと言っている。これによれば反社などはカメレオンのようなもので、右から見てば反社だが左から見れば反社でないということらしい。

本当に詭弁で、暴力に所属していれば、どこから見ても反社は反社である。本当にろくでもない政府である。安倍が閣議で「こうだ」と言えば、「こうだ」となる。独裁国家である。道理が通じない国家である。憲政史上最悪な嘘つき内閣である。



<点検「桜を見る会」>「反社」の定義ゆがめる
https://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/202002/CK2020022302000107.html
2020年2月23日 朝刊


 「桜を見る会」に反社会的勢力が出席していたかどうかが話題となったことをきっかけに、政府が閣議決定をして用語の定義をゆがめる事態にも発展した。
 菅義偉(すがよしひで)官房長官は昨年十一月下旬の記者会見で、反社会的勢力とみられる人物の出席について「個々の招待者の参加は承知していない」と確認を拒否。用語について「定義が一義的に定まっているわけではない」と言い切った。
 社会通念上、反社会的勢力は、主に暴力団の組織や組員などを指す用語として認識されている。政府も、用語の意味を定めてこなかったわけではない。
 二〇〇七年六月、当時総務相だった菅氏を含む全閣僚で構成する「犯罪対策閣僚会議」が、幹事会の申し合わせとして企業の被害防止の指針をまとめた際、反社会的勢力は「暴力、威力と詐欺的手法を駆使して経済的利益を追求する集団または個人」のことだとしていた。
 だが政府は、桜を見る会を巡る菅氏の発言を受け、昨年十二月十日には反社会的勢力について「形態が多様で、時々の社会情勢に応じて変化し得るもので、あらかじめ限定的かつ統一的に定義することは困難である」とする答弁書を閣議決定した。政府として定義ができない以上、桜を見る会では反社会的勢力の出席を完全に避けることもできなかったことになる。
 野党は、反社会的勢力の定義をあいまいにすれば、暴力団などに対する企業の対策に悪影響を及ぼすと批判している。 (中根政人)